法廷日記

浦部孝法の日記です。時事問題、法律問題に関して適当に書いています。

就活生はお祈りメールを送ってはいけない-法的視点から

就活生が内定を得た企業に対して、いわゆる「お祈りメール」を送った事例が注目を浴びている。

まさに因果応報!? 内定辞退を「お祈りメール形式」で送った就活生に拍手喝采 | ニコニコニュース

お祈りメールとは、企業からの採用拒否のメールの総称である。企業が就活生に送る際に「貴殿の今後のご活躍と発展をお祈り申し上げます」といったお祈り文言をつけることに由来している。

今回の就活生からのお祈り返しに対しては、ネット上では賞賛の声があがっているらしい。これは、一部の採用企業による就活生に対する無礼な態度への不満が表面化したものといえるだろう。

しかし、就活生が企業に対しお祈りメールを送ることは好ましいことではない。これは社会常識だとか道義的な問題だけでなく、法的な面からも不適切な行為だからである。

労働契約は内定通知時に成立する

契約というものは、一方当時者からの「申込み」に対し、他方当事者が「承諾」することによって成立する。一方当事者からの契約の「申込み」に対し、他方当事者が「承諾」するかどうかは基本的に自由だが、いったん「承諾」した以上はその契約に拘束される。逆に、「申込み」をした者も、相手方が「承諾」をした後には「申込み」を撤回することはできない。

この契約成立の仕組みは、労働契約の場合も同じである。労働契約の場合は、就活生からの応募が契約の「申込み」となり、企業からの内定通知が「承諾」となる。そのため、企業が採用応募者に内定通知を発した時点で企業と応募者間に労働契約(始期付解約権留保付の労働契約)が成立することになり、その時点から企業と応募者は労働契約に拘束されることになる。なお、企業の採用募集は労働契約の申込みの誘引にすぎず、それ自体が契約の「申込み」になることはない。

企業からのお祈りメールと就活生からのそれとは場面が異なる

採用内定により、労働契約の拘束下に入った場合、企業からの一方的な内定取消しは認められない。他方で、採用内定者側すなわち労働者には解約の自由が民法上認められており、最低2週間の予告期間をおく限りは内定辞退の方は適法にすることができる(民法627条1項)。

もっとも、内定辞退が解約の自由により認められるとはいえ、あまりに不誠実な態様での内定辞退は、契約上の責任や不法行為責任が発生し、損害賠償義務を負う可能性がある点に注意が必要である。

企業が応募者に対してお祈りメールを送る場面は、契約の申込みに対し「承諾」するか否かを決める場面なので、企業は採用するかどうか全くもって自由に決められる。道義的な問題をおいとけば、企業は採用拒否の通知すらする必要はない。他方で、内定辞退の場面というのは、契約の申込みに対し「承諾」するか否かを決める場面ではなく、既に成立している契約を事後的に解約する場面になる。この場合、労働者は既に労働契約の拘束を受けるため完全な自由を持っているわけではない(解約するには少なくとも予告期間の制約は受ける)。そのため、労働者はあくまでいったん成立した契約の解約を申し入れる立場である。そこで意趣返しのような「お祈りメール」を送ることは極めて不適切といえるだろう。もちろん、その行為自体で損害賠償責任等が認められることはないと考えられるが、成人した大人なら契約上の立場をわきまえた振る舞いをすべきだろう。

なお採用内々定(内定開始日までの間に発せられる口頭等での内定の通知)は採用内定とまた法的性質が異なるので別途検討が必要になる。採用内々定の場合は、この時点で労働契約が成立したと認めることは難しい。