法廷日記

浦部孝法の日記です。時事問題、法律問題に関して適当に書いています。

なぜあの人はいつもひどい目に遭っているのか

上司から罵声を浴びせられたり、顧客に酷い扱いを受けるのは結構特定の人に集まってしまうものである。

それは彼らが運が悪かったり、仕事ができなさすぎるからなのだろうか。いや、そうではない。そのようなひどい仕打ちを誘発しているのは彼ら自身である。

この本質は当人たちの信念のなさ、生き様にあるのだと思われる。

元外資系銀行トレーダーの藤沢数希氏の著書「外資系金融の終わり―年収5000万円トレーダーの悩ましき日々」には次のような一節がある。

最初は、そうやってITをぶん殴るトレーダーやセールスを見て、僕のような謙虚で、ある意味でいい人すぎるトレーダーは、絶対にああいう傲慢な人間にはなりたくないと思った。でも、しばらくすると、僕もITを怒鳴りつけ、時に××るようになった。ITは多数の仕事を詰め込まれていて、いつもトレーダーやセールスに早くやるように急かされている。そんなITにふつうに頼んだだけだと、後ろに回されて、永久に僕の仕事をやってもらえないのだ。ITも人間なので、いちばん怒鳴るトレーダーや、一番殴られると痛いトレーダーの仕事から順番に片づけていく。だから、僕も目一杯××らないと、僕の仕事を先にやってくれないのだ。

要するに、藤沢氏は本当はIT担当者を殴りたくないが、殴らないと自分の仕事を後回しにされてしまうので、殴らざるをえなかったということである。

藤沢氏は本来殴りたくなかったのであるから、IT担当者が殴らないトレーダーの仕事を後回しにしなければ、IT担当者は藤沢氏に殴られることはなかった。また、怒鳴られようと殴られようと、通常の順番に仕事を終わらせる態度を取っていれば、「こいつは殴っても無駄だ」と周知され殴られることはなくなる。

結局、殴ってくる人の仕事から先にやるというIT担当者の態度が、上からの暴力を誘発しているのである。

これは値切りに安易に応じる人たちも同じだ。値切りに簡単に応じるような人に対しては、値切るつもりがなかった人たちにまで通常料金を払う方が損だと思われてしまうので、ますます値切られることになる。結果、その人たちの商品の価値は低く見積もられてしまう。

信念を持たずに強い外圧に簡単に屈することは、結局その人の価値を落とすだけで何もいいことはない。逆に強い信念を持って生きている人たちは、良い意味で怖れられているので、安易にその人の信念を曲げようとする輩も出てこないため、ますます生きやすくなるのである。