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法廷日記

浦部孝法の日記です。時事問題、法律問題に関して適当に書いています。

仕事の評価の軸をお金に据えるということ

どうでもいい日記 仕事

誠意とは言葉ではなく金額

福留孝介

仕事の評価というのは様々な面からなされる。そして、その評価は仕事のやりがいにもつながる。

お客さんに喜ばれること・感謝されること、上司に褒められること、困難なことを達成すること、

そして、お金を貰うことである。

どの評価基準を重視するかは個人によって考えが異なるだろうが、中でも評価をお金に求めることは、ときに「卑しい」だとか「拝金主義」といった批判を受ける。

しかし、お金という評価基準は受け取る側からすれば最も客観的で公平な基準である。その客観性や公平性は残酷ですらあるほどだ。他方でお金以外の評価というものは、基本的に主観的であいまいなものである。

お金のように客観的な数値が出てしまう場合に避けられないのが、順位付けである。算出された数字と人を結びつけてしまえば、あとはエクセルのソートボタン一つで簡単に人に順位が付けられてしまう。人は一人一人が個人として尊重され、互いに優劣などなく平等でなければならないと教育されている日本人の中には、そのような順位付けに対して抵抗を覚える者も多い。運動会ですらも、お手手つないで仲良くゴールする時代だ。

それでも実社会における数字による評価の威力は凄まじい。結婚相談所においては、男性は「年収」という数字、女性は「年齢」という数字で評価・順位付けされ、ほとんどその数字・順位でお見合いのセッティングが決まってしまう。人柄とかいった数字で評価できないものは参考程度でほとんど見向きもされない。

お金を自分の仕事に対する評価の基準に置くということは、このような数字による残酷な価値付けを受け入れるということである。お金による評価は自分の目からも第三者の目からも客観的に明らかでごまかしがきかない。自分の仕事に払われるお金は相手が自分の仕事に認めた客観的価値そのものなのである。

自分の仕事に対する評価をお金以外のところに向ければ、客観的に突きつけられる残酷な評価からは逃げることができる。それも一つの生き方だろう。しかし、僕はその残酷な評価から逃げることはしたくない。

僕はかつて弁護士として、強盗致傷被疑事件の少年の国選弁護を担当したことがあった。強盗致傷で捜査がされていたが少年は暴行には関与しておらず、窃盗罪で処理されるべき事案であった。少年は身柄拘束を受け精神的に不安定になっており、やっていない暴行まで虚偽の自白をしてしまいそうな状況であった。僕は少年が虚偽自白をしないよう励ますため、事務所から片道1時間程度の距離にある留置場に休日も含めほとんど毎日面会に行った。警察官の少年に対する不当な対応には抗議も行った。日中は他の仕事もあるので執務時間前の朝に面会に行ったり、留置場が空いている夜に面会に行くことも多かった。少年には接見禁止がついており、家族との面会すらできなかったので、接見禁止解除の申立てをし、少年は家族と面会ができるようになった。結局、家裁への送致罪名は当初の強盗致傷から窃盗まで落とすことに成功した。

少年の家族は少年の更生に比較的協力的であったため、家族と一緒に身柄解放後の受け入れ先を確保したり、被害者との示談をタイトなスケジュールの中無事まとめた。少年が留置場から交通の便が悪い上、日中しか面会できない鑑別所に行ってからも、さすがに毎日ではないが頻繁に面会に通った。少年が少年院送りにならないよう家裁には詳細な意見書を提出し、調査官や裁判官からもこんなに熱心に活動してくれる弁護士は少ないと評価された。家裁での少年審判の結果、少年は少年院送りにならずにすみ、少年や家族にはたいそう感謝された(と思う)。

以上の僕の仕事に対して下された金銭的評価は約22万円であった。そのうち10万円は自分が払った弁護士会費が払い戻されただけであり、実質的な世間の僕の仕事に対する評価額は国から支給されたわずか12万円であった。交通費などの諸経費を引くと、実質的報酬は10万円を切っていた。

僕はこの事件に少なくとも100時間は費やしていたから、時給は1000円を切っていたことになる。弁護士の時間単価が少なくとも1万円であることからすれば、90万円以上の機会損失を出す結果となった。ボランティアとして割り切ってやっていたならともかく、当時の僕にボランティアでやっているという意識は全くなく、仕事(=ビジネス)としてやっている認識であった。この結果はビジネスとしては完全に失敗であった。

コンビニのバイト以下という残酷な評価に、僕は自分の仕事が否定されたような気分になった。いや現に金銭的には否定されているのだ。この現実を認めたくない僕は、「少年や家族にも感謝されたし、裁判所にも評価してもらえたからよしとしよう。」と自分を納得させようとした。しかし、その時僕は気づいた。

「これは負け犬の発想ではないか。だいたい感謝されたとか評価されたとか自分の感想にすぎないだろう、本当のところなんてわかりゃしない。こんなの受験に失敗した受験生がこれまでの勉強は決して無駄ではないと自分を慰めるようなものではないか。なんてみっともないのだろう。」

と。

僕は自分の仕事に対する世間の評価額は時給1000円以下であることを受け入れた。あれだけ一生懸命やった仕事が世間からは時給1000円以下としか評価されないと認めることは僕にはとても辛いことだった。しかし、このとき僕はビジネスマンとして一歩前進することができた。

そのときの案件は僕が「仕事」として行った最初で最後の少年事件の国選弁護となった。